私は自分のほか、誰にもなりたくない

こんばんは。

今日は。昨日から一転、春のような温かさに感じる一日でしたね。

これだけ気温差があると、風邪をひきやすくなりますので

どうぞご注意くださいね。

さて、ブログのタイトルの言葉は赤毛のアンの中のアンの言葉です。

アンはホテルでの音楽会で、詩を暗誦することになりました。

着飾って友人たちと音楽会に行き、お金持ちの人たちを

垣間見る機会を持ちます。

そこで、友人たちはお金持ちの女性たちが着けている

ダイヤモンドの美しさに惹かれ、お金持ちになりたいと言います。

そこでアンが答えます。

「そうね、わたしは、自分のほか、誰にもなりたくないわ。

たとえ一生、ダイヤモンドに慰めてもらえずにすごしても」

「あたし、真珠の首飾りをつけた、グリン・ゲイブルスのアンで

大満足だわ。マシュウおじさんがこの首飾りに込めた愛情が

ピンク婦人の宝石に劣らないことを知っているんですもの」

 

自分に自信が持てない

あの人みたいになれたらいいのに

お金がもっとあったら幸せ

あんな風にすらりとしたスタイルになれたらいいのに

あの人みたいな生活ができたら幸せ

こんな風に、幸せを外に求める、

求めたいという気持ちは、理解できます。

私もそう思ったことは少なからずあります。

 

でもね。

そういう時は、アンのように自分にたいして「大満足」

なんて言葉はまったく出て来ません。

そして、外に満足を求めている限りは自分にたいして

幸せを感じることはありません。

 

ヨガの八支則の2段階目、ニヤマ(勧戒)の2つめに

「知足(サントーシャ)」という教えがあります。

 

「知足(サントーシャ)によって、無上の喜びが得られる」

知足(足るを知ること)の結果として、人は無上の喜びを得る。

と書かれています。

様々な解釈がありますが、私はシンプルに

いまある自分に目を向けて、いかに自分が色々なものを

持っているか、様々な人から愛情を受けてこれまで生きて来たかを

思い返してみます。

そうすると、感謝の念しか湧いてきません。

 

若干16歳で、この人生の本質を語れる、アン・シャーリーには

到底及びませんが、わたしも57歳のいまの自分に大満足です。

 

人生100年時代を言われています。

自分の歳で計算すると、あと43年。

その時間を、外にばかり目を向けて、自分の不足に不満を

抱きながら過ごす時間にするか、

自分に目を向けて、自分自身に満足して周りに感謝しながら

過ごす時間にするか、どちらを選びますか?

何歳になっても、どんな状況にあっても、選ぶのは自分です。

 

ヨガをすることは、私にとって素直に自分自身を向き合える

時間です。身体を動かし、瞑想し、自分と対話して

いまの自分を客観的に見ることが出来ます。

そこで、見えた今の自分に対しては、評価も批判もしません。

あるがまま受入れ、肯定します。

そうすることで、身体と心の均衡が取れて、ストレスも

流れた行くように感じます。(あくまで個人の感想ですが・・・)

そのような時間を持てることに感謝しています。

 

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

あなたにも、ヨガに関わらず、そのような時間を

持てていますように。